動物愛護法改正のひずみとは?


新・改正法には「殺処分がなくなることを目指す」と明記され、各都道府県は動物取扱業者からの引き取りを拒否できるようになったことが、ことの発端です。 

それまでは、業者が”不要”とした生体を殺処分するために、保健所等に引き取ってもらうことが可能でした。しかし、この法改正により、業者が”不要”とした生体の行き先がなくなってしまったのです。 

動物保護団体や個人活動家もすでに手一杯な状況の中、「行き先がない」という大きなひずみによって、「引き取り屋」と呼ばれる業者の需要が増し、悪質な業者が暗躍し始めました。

引き取り屋とは、ブリーダーやペットオークション、ペットショップなどから”不要”とされ、行き場を失った犬や猫などを有償で引き取る業者や人のことを言います。 

引き取り屋は、引き取った犬や猫などを転売しますが、そうでない場合は無料で譲渡するか自分で終生飼い続けます。 

ここまでは、法に違反しているわけでもなく、一見、動物保護団体などのビジネス版のようにも見えますが、実態はまるっきり違っています。 

引き取り屋の問題点は、完全に犬猫をお金を得るための”道具”として扱い大量に引き受けることが多く、清掃やしつけもなされていません。また、医療を受けさせずにケージの中で見殺しにされるケースもあります。 

飼い殺しが起きるほど悪質な業者には、動物愛護団体や近隣住民らの告発によって、動物愛護管理法違反の疑いで警察の調査が入り法的措置がとられます。 

報道各局がこうした引き取り屋の実態を取材したところ、引き取り屋にも言い分があることが見えてきました。 

「犬や猫が手に負えないほど、どんどん来るんだよ。死ぬまで置いておいてもいいや」 

「保健所で殺されるのが可哀想だから、引き取ってあげたほうがまし」 

「できることならやめたいよ。ただ、やめないでくれっていう声がいっぱいくるから」 

しかし、こうした言い分からは本当の愛情は見えてこず、言い訳にしか聞こえません。愛情があれば、水とエサだけを与えて、あとはほったらかし、という飼育放棄はできないはずです。 

あくまでも1匹引き取っていくら、転売していくら、という金勘定を中心にしているからこそ、犬猫たちは劣悪な環境下で、不幸せな運命を背負わされてしまうのです。 

保健所で失われる小さな命も、引き取り屋で失われる小さな命も、その尊さに違いはありません。命をお金でやり取りすることの矛盾が生み出した悲劇がそこに在るだけです。 

2014年には、栃木県の引取り業者が一度に80匹の犬を引き取った挙句、ほとんどを死なせてしまい河原に遺棄した、という痛ましい事件も起きています。

本来は、命を”不要”と扱うこと自体が愛護法に則っていませんが、悪質なペットビジネス関係者は「商品価値がない命は不要だ」と、考えているのが現実です。  

もちろん、悪質な考えを持たないペットビジネス関係者は数多くいます。まして直接子犬を繁殖させるブリーダーであれば、命を不要だと思ったことすらないかもしれません。 

しかし、ブリーダーとて、売れない子犬や老いた繁殖犬の処遇を考えざるを得ません。   

考えた結果、自分が飼い続けるか、保健所に引き取ってもらうか、引き取り屋にお金を払って引き取ってもらうか、自分で処分するか…の4択を迫られるのです。  

売れ残った犬や病気で手がかかる犬たちは、「ビジネスとして考えたときにお金にならない」と、ショップ運営者は考えていたのです。

「生体を販売し利益を得る」というビジネスモデルは、不本意ながらも命を粗末に扱うことに加担する人々を生み出してしまうことが見えてきます。

ペット業界の流通の仕組みを根本的に変えない限り、”必要悪”とされる引き取り屋はなくならず、悲惨なことが延々と繰り返されてしまいます。  

日本での流通の仕組みは、「ブリーダー」→「ペットオークション」→「ペットショップ」→「飼い主」となっており、各段階で業者から見た”不要なペット”が発生しているのです。 

ペットと暮らしたい、という素朴な人間の願いは、1兆4千億円とも言われるペットビジネスを生み出しました。  

しかし、どんなビジネスにも仕掛けがあることを思い出してください。雑誌、CM、テレビなど、どれだけのマスコミがペットブームをあおっているのでしょう。 

お金や視聴率に繋がるからとブームをあおるのではなく、動物たちと暮らすことのメリットとデメリット、そして命の大切さをしっかりと伝え、可愛いから飼う(買う)ことを止めさせるのも、マスコミの使命なのではないでしょうか。 

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