子犬工場から救出されたオス犬が教えてくれた、そこで暮らす犬たちの残酷な実態。

子犬工場(パピーミル)で起こる悲惨な状況は、日本もアメリカも同じです。犬たちはみな糞尿にまみれ、狭いケージの中で寿命を終えていきます。今回ご紹介するのは、アメリカの子犬工場から救出されたオス犬”ビリー”の物語です。短いながらも懸命に生きたビリーは人間の愛に包まれて旅立ち、レガシーとなりました。

2012年12月、アメリカの動物保護団体『Humane Society of the U.S.』のスタッフたちは、ノースカロライナ州にある子犬工場へと向かいます。 子犬工場からは激しく吠えたてる犬たちの声がします。スタッフたちの耳には、それは「助けてほしい!」という犬たちからの叫び声に聞こえていたに違いありません。 どの犬も手入れは一切されておらず、ケージは汚れたままで給水ボトルには緑色の苔が生えているほどでした。悪臭が漂う、まさに劣悪な環境下で多くの犬が苦しんでいたのです。 皮膚病で背中を激しく掻きむしる犬や、寂し気な瞳で吠えることすら忘れてしまったかのような犬たちがそこここに閉じ込められていました。

スタッフの1人アダムさんは、積み上げられたケージの中から自分を見つめているオスのチワワに気が付きます。すぐにケージの扉を開こうとしましたが、ひどく錆びついていて開けることができませんでした。 いったいどれだけの期間、チワワはここで暮らしていたのでしょうか。アダムさんは、ケージの外からエサや新聞紙を投げ込んでいたのだろうと推測しています。

ようやく扉を開けたアダムさんは、グルグル回り続けるチワワを静かに自分の胸に抱き寄せました。すると、チワワはアダムさんの顔を舐め返してくれたのです。しかし、胸に抱かれたチワワの目はうつろで、下顎の骨は歯周病で失われていました。 現場に同行した獣医は、全身の被毛がすすけて痩せ衰えたチワワの健康状態は最悪だ、とアダムさんに伝えます。 “ビリー”と名付けたチワワ抱きしめたとき、彼はアダムさんの胸に小さな頭を押し付けて委ねてきました。 その瞬間、「この子は僕が生涯愛していかないといけない。彼に残されたセカンドライフは、僕の手で絶対に苦しみから解放し、最期まで見届けなければ」と、自分が引き取ることを決意します。

それからのビリーはアダムさんとの楽しい日々を過ごし、すすけた被毛にも艶が戻ってきました。ビリーはアダムさんとのボール遊びの時間が待ち遠しいほどになり、ペットとしての幸せなセカンドライフを送るのでした。 しかし、ビリーは排尿する前になると何十回と繰り返し回っており、他にも慢性的な様々な病気を抱えていたため、治療の継続は不可欠です。 それでも清潔な環境とアダムさんからの無限の愛情を受け続けたビリーは幸せでした。そして、アダムさんもまたそんなビリーから毎日笑顔をプレゼントされていました。

アダムさんから愛されるビリーの動画は世界中から共感を得て、600万回近くも再生されました。 いかに子犬工場で暮らす犬たちが残酷な状態に置かれているのか、犬をペットショップで買うことがいかに子犬工場を増殖させているのかを、多くの人が認識したことは非常に有意義なことです。 しかし、始まったばかりのビリーのセカンドライフは、2013年の1月早々に終わりを遂げてしまいました。子犬工場での生活でビリーは体を壊したまま、何年も治療を受けられなかったことが原因でした。 ビリーの死はとても悲しいものですが、今でもビリーはアダムさんと世界中の人々の心の中で生きています。そして、ビリーは自らの存在を通して、悲惨な犬たちを生み出さないシステムの重要性を教えてくれました。 動物保護団体では、子犬工場撲滅のためのキャンペーンを行い、子犬を販売しないと誓約するペットショップを奨励したり、積極的に市民への周知活動を行ったりしています。 レガシーとなったビリーは、子犬工場で救助を待っている他の犬たちの大使として、永遠に人々の記憶に残り続けることでしょう。

PAGE TOP