塀の中で盲導犬候補の子犬を育てるパピープログラム

「がんばれよー!」

「元気でな!」

犬を抱きしめ、ほおずりする人。体をさすり、頭をなでる人。犬のほうもひざに乗ったり、顔をなめたりして、全身で甘えています。これは、島根あさひ社会復帰促進センターでおこなわれた第8期盲導犬パピー育成プログラムの修了式の光景です。33人の男性受刑者が、自分たちが10か月間育てた6頭の犬と別れを惜しみました。

島根県浜田市旭町にある同センターでは、公益財団法人日本盲導犬協会との協働で、受刑者が盲導犬候補のパピー(子犬)を育てるという日本初の試みをおこなっています。訓練生(同センターでは受刑者のことをこう呼びます)は、日本盲導犬協会から託された生後2〜4カ月の子犬と月曜から金曜までともに生活し、週末預かる地域のボランティアと協力しあいながら、人といるのが楽しいと思えるような犬に育てる役割を担うのです。

このプログラムの最大の目的は、不足している盲導犬を一頭でも多く視覚障害者のもとに送り出すこと、そして、そのプロセスを担ってもらうことで、訓練生の人間的成長を促し、更生を進めることです。よくアニマルセラピーと混同されるのですが、目的は訓練生の癒やしではありません。彼らが塀の中でパピーウォーカーを務めるという社会貢献のプログラムなのです。実際、ここで育った第7期までのパピー40頭の中から、すでに12頭の盲導犬が誕生し、視覚障害者の人々のよきパートナーとなっています!

刑事施設のなかで動物を育てるのは、手間もかかるし、気も使います。それでもおこなうメリットは何なのでしょうか?

一つは、動物の存在が社会的触媒作用をもたらすということです。パピーのいるユニットは他のユニットに比べ、人間どうしのトラブルが圧倒的に少ないという調査結果が出ています。また、心を閉ざし、内に引きこもりがちな人でも、パピーの世話をとおして会話に参加し、だんだん明るくなっていきます。パピーの存在はともすればネガティブになりがちな刑務所の人間関係のよい潤滑油となっているのです。

二つ目は、動物をケアすることが人としての成長や心の回復を助けるということです。動物は相手が犯罪者であろうと病人であろうと、自分をかわいがってくれる人には無条件の信頼と愛情を与えてくれます。動物に信頼され、愛されることによって、人に心を開けなかった人が少しずつ心を開き、忍耐と責任感を持って世話をするようになり、いっしょに世話をする仲間たちとのコミュニケーションもよくなっていくのです。また、人への思いやりも育っていくのです。

とくに、盲導犬パピー育成プログラムでは、職業訓練として点字点訳を学びつつパピーを育てる方式のため、それまで考えたこともなかった視覚障害者への想いが各人に生まれていくのです。社会を傷つけた人たちだからこそ、自分たちが社会に還元できるものを見いだすことの意味は大きいのです。誰かに何かを与えられることほど、その人の自己肯定感を高めるものはないと思うからです。

修了式のあと、パピーたちは日本盲導犬協会の訓練センターで、いよいよ盲導犬になるための訓練に入ります。実際に盲導犬になるのは3割ほどで、あとは適性に応じて家庭犬になったり、PR犬や繁殖犬になります。どの道が選ばれるにしても、「誰かに愛され、幸せに暮らしてほしい。」それが訓練生たち皆の願いなのです。

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